ROCKERS CHANNEL

ロッカーズ・アイランドがお届けするWEBマガジン

SPAM-023-"REGGAEとちゃうの!? vol.2"の巻-
text:KYARA(Mighty Jam Rock)
まだロッカーズアイランドが大阪に移転していない15年ほど前、アメ村は三角公園の前のビルの一室にあった "アポジッツ" が俺のメインのレコ屋だった。御堂筋を渡り、心斎橋筋のパルコの上だった "CISCO" は12インチの品揃えは良かったが、オールジャンルの割に試聴機が少なく、テクノやハウスの皿回しの長い試聴の後ろに並ぶことは、かなりのミッションだった。
そこから東にしばらく進んだ鰻谷の雑居ビルの中にあった "LION MUSIC DEN" は店内の様子が全く分からない青く重たいドアを開けることが初心者には難しく、さらにスタッフでもあった日本レゲエ界の重陣である沖野様に試聴をお願いするのは難易度がさらに高かったし、当時の有名サウンドマンがリンクする場所でもあったため、素人には手強い店であった。他にも、"BAOBAB" や梅田の "VIC" (プリンスアーライの「ファン血まなこ〜!」 とか、「超猫」、「石愛」等の一言コメントが懐かしい)などがあった。
だが、同世代の若いサウンドマンが溜まれる雰囲気を持っていたのが "アポジッツ" だった。笑うセールスマンのような黒ハットにMA-1と色落ちした501ジーンズがトレードマークの店長は、独特の香りを放ってはいたが、どことなく親近感があり、新譜の入荷する水曜日には必ずチェックするようにしていた。狭い店内の床に直接並べられたブランニューは、入荷枚数が限られていたため、人気のアーティストやレーベルは入荷日に行ってゲットしないといけなかった。さらに、試聴も店長自慢の手作りスピーカーから爆音で聞かされるためそんなに良くないものまでヤバく聞こえたため、貧乏だが、熱いバイブスを持ったセレクターはそれに比例して取り置きのレコードが多く溜まっているのが習慣であり、常識だった。
"アポジッツ"では、今でもリンクのある多くのラガマフィンと出会った。BIG BANGの頃のNG HEADと出会ったのもこの場所で、既に彼はDJとして完成されていた。大阪の同世代DJは彼を目標としている奴らが多かった。JUMBOやTAKAFINやALTOのRIDDIM CREWとの出会いもこの店がきっかけで、取り置きレコードを譲った無名ではあったがバチバチいかついラガなセットアップで装ったALTOとは出会って数時間後には一緒にLABRISHで酒を飲んでいた。大胆な態度に年下とは気付かなかった。当時の彼のレコ箱はセガサターンの空箱だった。REVOLUTIONというCREWだったAKI-06ともここで出会った。彼とは、アポジッツが主催で梅田の大東洋の隣のビルの地下にあったSKY JUICEという箱でセレクターコンテストなるものが、何度か行われ、俺もAKI-06と何度目かの同じ大会に出場していた記憶がある。このコンテストは、頻繁に行われていて、現在の相棒であるROCKもROPROS CREWとして出場していたし、その後、PUSHIMもセレクターコンテストにもかかわらず、歌で優勝し、その実力に誰も文句を言えなかった。それどころか、次の日から彼女にはオファーが殺到していた。
レコードの需要が減り、CDやPCでプレイするのが主流になりつつあり、サウンドマンがアナログ盤を求めてレコ屋を訪れる機会が少なくなっているようだが、レコ屋は単に物を売るだけでないのである。昔から同じ趣味を持った奴らが集い、人間同士の情報交換やリンクの場所となっている。そして大きなムーブメントへと発展し、ストリートシーンを築いていくのである。ロッカーズは今までも、そしてこれからもレゲエシーンの中心であってほしい!!!
2007.11.21:MJR Kyara「SPAM日記」
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